職人さん不足に思う(5-番外編)

今回の写真は昨年12月に職人さんに修理をお願いし、元気になって3月13日に戻ってきた腕時計です。

さて、今回は前回の職人さん不足番外編の続編として、今回の修理を踏まえて職人さんはどんなことを利用者に与えてくれるのかを考えていました。

まず、この時計の保証書によると購入日は1992年8月26日。26年と7ヶ月前でした。当時香港に駐在し、華僑向けのシンジケートローンの組成や新株発行時の引受業務に汗を流していた頃。この頃の情景がまざまざと浮かんできました。そう、この時計は職人さんの技術を得て、当時の思い出をプレゼントしてくれたわけです。

次に品物が腕時計だったことも理由だと思うのですが、この時計を身に着けていた日々の「夢」「希望」も蘇ってきました。この時計を購入した1992年8月は私の勤務していた銀行が経営破綻する5年3ヶ月前。香港という金融センターで、勤務先の銀行としての対外信用が日々劣化していくのを肌で感じた頃。30代前半で単なる課長でしかない私に何ができるのか?その先に未来はあるのか?など自問自答しながらも、頑張るしかないと心に決め、かなり無理無謀な案件に挑んでいた当時の「思い」がリアリティを持って蘇ってきました。特に出張先のマニラ中心部マカティで本部の貸出稟議の承認が取れず立ち往生した案件であり、最も強い気持ちで臨み、できない場合には退職という文字が初めて真剣に頭に浮かんだ案件のことが蘇ってきます。この時ファイナンスをした資金はフィリピンでの移動通信会社の初期事業資金でしたが、経営者の母国を思う気持ちと緻密な事業ビジョンにひかれました。この資金が現在フィリピン最大の移動通信企業への発展にわずかばかりでも成長に寄与したという思いが、今の私の背中も押してくれます。

職人さんに再生されたこの時計は、思い出とともに当時の強い思いも復活させてくれました。これからも判断に悩んだ時にはこの時計を身に着けて、合理的なリスクを取って前へ進もうと思います。

以上

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