数日前に元巨人軍監督長嶋茂雄氏が逝去されましたが、そのあとの報道を見るにつけ、やはり彼は不世出のスーパースター。特に脳梗塞を罹患した後の彼の生き方に、野球というジャンルを大きく超えて、大きな勇気や励ましを感じた方が多かったのではと感じました。昭和世代の私は目頭を熱くしてNHKで放送された追悼番組を見ました。
さて、久しぶりの「今月の1冊」はなかなか難産でした。面白いのですが、盛り込まれている内容が豊富すぎて説明方法に困りました。この1冊が『銭売り賽蔵』(山本一力、朝日文庫、2025年3月出版)です。本書の舞台は田沼意次が活躍する江戸時代明和の頃。田沼意次は第九代将軍徳川家重と第十代徳川家治に側用人と老中として仕えた幕閣ですから、これで少し時代のイメージが浮びますか?ただ、作者はとかく賄賂行政と言われた田沼行政や幕府による尊王攘夷論者弾圧には目もくれず、幕府が金貨と銀貨の交換レート固定化を目的として新規に鋳造・流通させた五匁銀貨を話の中心に据えます。他方で作者山本氏らしく、基本線は当時の江戸に暮らす庶民の人情や心意気。深川・門前仲町界隈の町人が織りなすきめ細やかな人とのつながり方を描きます。そして横糸として当時の江戸時代の金融事情や実経済社会を描きます。具体的には、金通貨・銀通貨・銅(鉄)通貨の流通事情や交換メカニズム、その実例として当時の「(飲料)水」流通事情、弁当屋、鉄の回収事業など庶民生活に不可欠な実需経済や、大商人や大名が取引をした両替商のビジネスモデルである資金の預かり・為替手形の話が出てきます。
当時の通貨事情は基軸通貨が金、銀通貨は重さにより価値が決まって流通、そして普段使いは銅(鉄)銭。この3種類の通貨流通の改革として幕府は重量によらない新しい5匁銀貨による銀通貨の計数貨幣化を進めていきます。ここで起きる騒動に人情が加わって話は進みます。
いつの間にか江戸時代の経済通になれそうな図書です。他方で恋愛あり、江戸の男の心意気あり、下町の思いやりありと心が温かくなり、エンターテイメント作品としても秀逸です。ぜひご一読をお勧めします。
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