今月の1冊(37)

本日は桃の節句。月日の経つのは早く、2026年も2ヶ月が過ぎました。アメリカがイランへの攻撃を開始し、世の中は落ち着きません。とはいえ、多くの企業の決算月となる3月。決算見込みを念頭に来期への準備をして頂けたらと思います。

さて、今月の1冊は現1万円札の肖像画である渋沢栄一の直系孫である渋沢敬三の人生を描いた『金融緊急措置』(幸田真音、PHP文芸文庫、2026年2月出版)を取り上げます。渋沢敬三は栄一の孫ではありますが、実父である篤二が廃嫡されたので栄一から家督を直接相続します。従って、実際は二代目と言えます。

敬三は第二高等学校(現東北大学の前身の一つ)、東京帝国大学経済学部を経て、横浜正銀行に縁故入行。見聞を深めるためのロンドン駐在などを経て、栄一が設立した第一銀行(第一勧業銀行を経て、現みずほ銀行)に1925年(大正15年)取締役として29歳で入行。太平洋戦争開戦直後の1941年(昭和16年)に副頭取。翌年1942年(昭和17年)日本銀行副総裁に転出、1944年(昭和19年)に日本銀行総裁に就任。さらに敗戦直後の1945年(昭和20年)10月大蔵大臣、1946年(昭和21年)5月内閣解散のより辞職。彼の主たる活躍は、太平洋戦争が生み出した財政赤字の結果として膨れに膨れ上がった国債等国家債務の整理。この実現なくしては国家および国民生活の再建は無いとして、預金封鎖・新円切り替え、高率の財産税を実施します。早い話が、明治以来の大富豪・戦争成金の財産を高額課税で没収して富の平準化を図るとともに、市場に出回る通貨量を預金封鎖・新円切り替えで思いっきり削減し、インフレーションを抑える。無茶苦茶に荒っぽい財政手段の実施でした。

さて、私が本書をお勧めするのはこのような経済的な視点だけではありません。一つは戦前の上流社会の人たちの生活の一旦を観ることができます。敬三の若かりし頃の生活を読むと、上流社会と庶民の世界には『豊かさ』と『教育および社会進出における機会』に絶対に越えられないような壁を感じます。敬三が優秀とか否とかいう議論の前に、『身分の違い』を感じます。

次の、明治維新2代目世代エリート(政治家・文官・経済人)と軍部エリートのエネルギーの違いを感じます。後者は五・一五、二・二六事件により軍部内の下克上を容認させ、資源の限界を超えて戦争への世の中を引き込みます。これに対し前者はその思いとは裏腹に、その実現に寄与してしまします。敬三は日銀総裁として戦前忸怩たる思いで進めた引き受けた国債の処理を敗戦後大蔵大臣として行います。彼しか適材がいないという皮肉なめぐりあわせです。なお、軍部エリートの考え方の一旦は知るには『ジョーカー・ゲーム』(柳広司、角川文庫、2011年出版)をお勧めします。

最後に家庭。このような時代の変化に翻弄され、その役割を精一杯果たした彼は夫人の登美子と別居したまま逝去します。本書でその経緯は詳しく述べられてはいませんが、切ない晩年のようです。ただ、現KDDの前身国際電信電話の初代社長に敬三が就任したのは、彼の功績を多とした後輩たちの思いか想像すると救われます。

いずれにしろ、著者の思いはわかりませんが、色々な読み方ができる良書かと思います。ご一読をお勧めします。

以上