今月の1冊(28)

桜前線が近づいたかなと思ったら、東京ではもう散り初めとか。月日の経つのは本当に早いものです。

さて、日常の業務や個人的な雑用に追われて、ブログにと思った1冊の小説をやっと読み終わることができました。今回は日頃の私の読書趣向からかなり遠くにある『ある男』(平野啓一郎著、文春文庫、2021年9月発行)。著者の平野氏は京都大学在学中に投稿した『日蝕』により芥川賞を受賞しており、『マチネの終わりに』は累計60万部を超えるロングセラーとなっています。また、本書は昨年11月には映画化もされた話題作です。

本書では宮崎県の地方都市にごく目立たない男性「谷口」が移住し、地元で結婚、子供にも恵まれてごく普通の人生を送っているさなかに、この男性が突然の事故で死去。その後、この男性が実在する「谷口」とは全くの別人と判明。では、この男性は誰で、なぜ自らを偽ったのか、さらに本当の「谷口」はどこにいるのかを、主人公の弁護士が探すというミステリーとなっています。主旋律にあるのは重大犯罪加害者の家族の苦悩、複線律は40歳に差し掛かろうとする主人公夫婦に生じてきた亀裂、主人公が朝鮮半島の在日であることへの思い、主人公が巡り合う異性へのほのかな好意など複数のテーマも書かれています。

読んでいると、旋律と複線律が頻繁に行き来し、時々読み直しをすることが必要な場面もありますが、主旋律の一貫性は高く、読後感としては満足感があります。映画を観てみたかったなとも思いました。