今月の1冊(26)

まもなく師走。Withコロナ生活に慣れたかなと思った矢先にロシアのウクライナ侵攻。諸資源の高騰が始まり、さらには急激な円安により今は毎日のように物価全般が上がっています。本当に厳しい1年というのが実感です。そこで今回は「少し心にゆとりを」と思い、「人間の話」の図書をご紹介することにしました。今回の図書は「天路の旅人」(沢木耕太郎著、新潮社、2022年10月)です。著者の沢木さんは、ご本人のインド・デリーからロンドンまでを路線バスなどを乗り継いだ体験に基づく旅行記「深夜特急」を代表作とするノンフィクション作家。この沢木さんが今回主人公に選んだのは第二次世界大戦末期から終戦後において中国の秘境チベットとインドを身体一つ、徒歩で旅した実在の人物、西川一三氏です。

沢木さんが後書きで書いていますが、本書は「西川氏の旅」ではなく、「旅人西川氏」の話です。西川氏のこの旅の切掛けは日本帝国の密偵でしたが、途中からは西川氏自らの「旅人としての旅」となっています。ラマ僧に扮して托鉢をしつつ、徒歩でヒマラヤ山脈を超えます。高山病には苦労しなかったようですが、厳しい冬山の自然や砂漠、匪賊、さらには空腹に苦しみながら8年間に及ぶ旅が西川氏の目線で綴られています。

本文のみで550ページを超える長編、また、内容は旅また旅の連続。しかし、新しい目的地を定めて再出発する旅は、その都度新鮮な体験を生み出し、本書の長さを全く感じさせません。旅とは人と人との出会い・ふれあいであり、また見知らぬ自然や風景への感動だということを再認識させてくれる図書です。今年も残すところ1ヶ月。年末年始の休暇に如何でしょうか?人間はどんな環境も生きていけることが実感できます。お勧めです。